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東海大冒険

多分エッセイ的な雑記

久保裕也の思い出

香月の動向は相変わらず分からない中、Denaを戦力外になった久保が楽天のテストに合格した。


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巨人時代は即戦力としてルーキーイヤーから先発中継ぎにフル回転。ただ個人的にはリリーフとして低迷していたチームをらと共に支えていたというイメージが強い。ルーキーだった2003年からの4年間で196試合に登板。とりあえずこの時期は巨人戦を見ていればいつも久保が投げていたような記憶がある。個人的には2004年に旧広島市民球場で観戦した時延長12回までもつれた試合の最後の投手として登板していたのを見た。表で普段滅多に打たない小田幸平が勝ち越しタイムリーを打ったのに裏であっさり追いつかれ、最後は代打の倉にサヨナラ打を許した、覚えている人は覚えている試合では無いか。(確かパワプロ11超のどこでもシナリオで取り上げられていたはず)

そんな久保は2007年からの3年間突然姿を消す。先発に転向したということだがとにかく出番が無い。ケガをしたわけでもなく、前年まで普通に一軍の戦力だったのに全く見かけなくなった。それまでの4年間で196試合投げていたのに2007~2009の3年間では僅かに26試合しか投げていない。奇しくもチームはこの年から小笠原、ラミレスをはじめとする補強が機能して一気に3連覇を果たしたが久保は完全に置いて行かれる形となった。チームの改革の一つとして背番号大シャッフルがあったが、全く戦力になっていなかった久保が11のまま変わらなかったのが余計に蚊帳の外に置かれている感じがした。

2010年に木村拓コーチの死去を受け、投手のユーティリティになろうと思った久保はリリーフとして再び復活。この2年間は再び投手陣が不安定になる中セットアッパー抑えにフル回転。この3年間は何だったのかという活躍ぶりで一気に投手陣の中枢を担う。元々は七色の変化球を操る投手みたいな触れ込みだったような気がするがこの頃には決め球はフォークになっていたと思う。しつこいようだが干されているのではと思うくらいに姿を見なかったのでここでの復活劇は密かに感動していた。

2年間の酷使が祟って今度はリハビリ生活でまた姿を消す。股関節に加え、肘も手術するなど既にボロボロではないかと思ったが2014年に復帰。不安定さが目立ったが経験を買われて香月や青木高と共に奮闘。久保がほとんど一軍にいなかった年だけ優勝するという不名誉ジンクスが続いた中、この年チームは優勝して久保も48試合に登板。4.73という防御率が果たしてジンクスを破ったと言えるのかという時にネックになりそうだが、ほぼ1年間ブルペンを支えていたのだから十分優勝に貢献したはずであるのでこれは破ったといえるだろうと個人的に思う。ただあまりにも2010、2011の活躍が素晴らし過ぎたのでこの年の久保に物足りなさがあったのも事実である。去年田原誠がとにかく投げまくってまた田原かよ、とコールされるたび思っていたが、2014年の久保もそんな感じだった。

2015年は一転して二軍暮らし。戦力外を受けてDenaに移籍するもまた1年でクビ。経緯といい背番号といいここまでは完全に東野とカブるが今回楽天に拾われた。既に怪我で全盛期の状態ではないし、年齢的にも下降線だから厳しい気もするが、ここで復活できたらまた感動を呼ぶだろう。