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東海大冒険

多分エッセイ的な雑記

林昌範の思い出

野球

巨人関係では香月良太の話ばかりしてきた。今月の中旬から台湾の複数のチームの入団テストを受けるという記事があったが、合否が出るのはいつになるのかはまだ分からない。

香月のことばかりというのも何なので個人的な巨人の選手(巨人にいた選手)に対しての思い出をつらつら書いていきたい。まずは香月が背負っていた背番号13の前々々任者の林。

チームにとって10年近くリリーフの一角を担っている山口鉄也の存在は単に左のセットアッパーと言うには収まらない程に大きくなっているが、山口の前にその役割を果たしていた林も同様だった。昨年防御率が5点近かった山口にそれでも頼らざるを得なかった状況を見て林が残っていたらなあと思ったこともある。

林昌範 - Wikipedia

個人的に1番野球にハマっていたのが2002~2004年くらいで2003年に一軍デビューした林は特に期待の若手としてピックアップされていたことを思い出す。見慣れない長身の背番号96。先発し中盤までノーヒットに抑えるというセンセーショナルなデビュー戦、その後も好投はするが終盤のスタミナ切れもあってなかなか勝ち星を挙げられず、何年ぶりかの10代での先発勝利が危ういなどと騒ぎ立てていたこともあって余計に印象深かった。

その後はリリーフでチーム内での地位を確立。岡島や前田が不安定になっても林だけは崩れない。豊田や久保がイマイチでも林なら...。あの時の信頼感は全盛期の山口並みではなかったか。それくらい当時の巨人の投手陣の中で林は無くてはならない存在だった。

そんな林との別れは唐突だった。2008年は前年の肘の手術も合って11試合の登板に留まるとオフに二岡と共にトレードで日ハムに移籍。この年はこちらの環境の変化もあってほとんどテレビを見ていない状況だった。野球についても夜のニュースのダイジェストで確認するくらいで、だから二岡の事件も暫くしてから知ったし、巨人のショートを坂本という2年目の若手が務めているということも知らなかった。当然林の週刊誌レベルでのスキャンダルも。

球団も表向きそんなことを理由にするわけはないので何で林まで放出するの?とその一報を見て愕然とした記憶がある。勿論それがきっかけではないのかもしれないが、いくら山口が出てきたからといって1年だけ不本意な成績だった中継ぎエースをトレードするなんてその件が影響していると考えざるを得ないのだ。

林は現在DeNAで再び左肘を手術し再起に賭けている。3年契約の内2年間殆ど戦力になっていないのだから最終年の今年はまさに背水のシーズンになるだろう。

林が今年でプロ16年目、巨人にいたのがもう9年も前というのが今更ながら驚きである。それくらい林が1番野球を観ていた時に活躍していた若手であるというイメージのままなのだ。巨人の高卒ドラフト下位指名の選手が一軍の主力として活躍したという例はどれだけあるのだろうか。そんな点も暗黒時代と言われた当時の巨人において余計に希望の存在として光ってみえたのかもしれない。

戸根が伸び悩み、公文は日ハムに移籍。山口の衰えが指摘され、危機感が増しているがそれは彼だけのことではなく柏田、岡島、前田、林、そして山口と長く続いてきた左のセットアッパーの系譜が途絶えてしまうという懸念もあるのではないか。今年山口が復活するのか戸根が巻き返すのか中川が一気に台頭してくるのか分からない。山口に比べれば実働期間は短いが、今よりも苦しいチーム状況の中で孤軍奮闘していた林は山口以上に頼もしく見えていた。

指名順位や移籍の経緯を考えても林が巨人に戻ってくる可能性は低いだろうが、それでもいずれはどういう形であってもいいので帰ってきて欲しいと思うのである。まずは今年田中健二朗を追いやるくらいの復活劇を期待したい。